辻村深月『鍵のない夢を見る』を読んで

たとえば、それまでいい妻だったのに、急にとんでもない悪女ということが発覚したり。あるいは、これまで可哀想な女生徒だと思っていたのに、実は順風満帆な人生を送る勝ち組だということがわかったり。こんな感じで(上記のような内容ではないのだけれど)今まで信じていた物語が、急に牙を剥くように別の顔を見せる。そういう感覚を、辻村深月の『鍵のない夢を見る』に覚えた。

この感覚が大好きだった。読んだ後は、一瞬時が止まる。それからしばらく余韻に浸り、どういうことだったかまたなぞりたくなる。本書には、そんな夢現、けれど確かな女のリアルさを丁寧に紡いだ五篇が詰まっている。

仁志野町の泥棒

引っ越してきた友達の母親が泥棒だった話。親の尻拭いをさせられる可哀想な娘の律子。そんな印象が出来上がってからの、彼女の手から星形の消しゴムがこぼれ落ちたときの衝撃。律子の人物像が転々としていくのが、まるで手のひらで転がされているような感覚だった。悪いことをした方じゃなく、泥棒を目撃したミチルの方が今も生きづらさを抱えているのがなんとも言えない虚無感に包まれる。

石蕗南地区の放火

実家の目の前で起きた不審火をきっかけに、昔の何もなかった男と再会する。男版・八百屋お七(恋人に会いたいがため放火事件を起こす話)のような展開をベースに、結婚から遠い場所にいる笙子の自惚れや傲慢さ、自尊心がビビットかつつぶさに描かれている。たぶん、笙子に共感する人は少なからず独身なのではと思ってしまう。

美弥谷団地の逃亡者

彼氏と海へ行く話。なんの変哲もないカップルの関係性が、読み進めていくうちにくるりとその姿を変えるのに驚く。主人公の美衣が遺恨を抱くキョンシーごっこの栄美と、とんかつ屋にひとりだけ受かった敦子。今でも二人より先にすごい世界を知りたくて、出し抜きたくて。だから彼氏と一緒にいたし、彼女の転落話を語るには小学校まで遡らなければならないのだな、と。

芹葉大学の夢と殺人

かつて同じ大学のゼミ生だった恋人の雄大が、教授の坂下を殺してしまう。夢というものは美しく書かれがちなテーマだけれど、ここでは麻薬のように人生を侵食するものとして映っているのが新鮮。美玖の最後のセリフ「あなたが私を殺すんだから」。私には「私があなたを殺すんだから」に聞こえて少し震えた。

君本家の誘拐

ショッピングモールに出かけた良枝は、娘の咲良を乗せたベビーカーが消えたことに気づく。子どもができない辛さ、育休のタイミング、生まれてからの身を削るような献身など、女性が感じる圧迫感がまっすぐ伝わってくるお話。結婚も出産も育児も、結局は孤独が付き纏うものなのだろう。

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スラスラと読んでいるとふと、意表をつかれてしまう『鍵のない夢を見る』。五篇で描かれた地方の女たちは、みんな滑稽だけれど、どこか愛おしかった。